ヘレン・ケラー

スウェーデンボルグ信奉者だったヘレン・ケラー

 ヘレン・ケラーがスウェーデンボルグ信奉者であったことはあまり知られていない。彼女は『私の宗教』という本を書いている。この書は全編スウェーデンボルグの宗教思想の解説書となっている。その中で、はじめてスウェーデンボルグの著作を読んだ時のことを次のように書いている。

 「クリスチャンでない者はすべて罰せられる、と心の狭い人たちから聞かされてきて、私の魂は当然反発を感じていました。というのも、異教徒であっても彼らなりに真理を見いだし、その真理に殉じて生きて死んでいったすてきな人たちを私は知っていたからです。けれども、「イエス」というのは「神の善」とか「行為として現れた善」を意味しており、また「キリスト」というのは、新しい考え、新しい生命や歓びを人々の心に送りこむ「神の真理」を意味しているのであって、だからこそ正しく生きている人はだれも罪に問われることはない、ということを私は『天界と地獄』の中で知ったのでした」。(高橋和夫・鳥田恵訳『私の宗教』未来社、2013年、31~32頁)

 ヘレン・ケラーは社会事業家・著述家・講演者として著名な人物であるが、それは「役立ちの生活」の重要性を説いたスウェーデンボルグの教えの実践だったのである。

 

ヘレン・ケラーとスウーデンボルグ
 
 ヘレン・ケラーにスウェーデンボルグを紹介したのは「ジョン・ヒッツ」という人物である(故鳥田四郎牧師はジョン・ヒッツを「牧師」と呼んでおられるが、彼が牧師であったかどうかは定かでないことから、敬称を省略する)。ちなみに、このヒッツという人物、ヘレン・ケラーの伝記類のほとんどに登場してこない。唯一『世界の伝記42 ヘレン・ケラー』(山主敏子著 ぎょうせい)にその関係が書かれていた。本書を参考にヘレン・ケラーがスウェーデンボルグを知る経緯について要約して紹介する。
 幼い頃からヘレンは、この世のすべてのものを創造したのは誰だろうという疑問を持っていた。それに対してサリバンは、「母なる自然が創った」と話して聞かせていた。最初はそれで納得していたヘレンであったが、自ら手に触れるものには「みんな生命がある」と感じ、創造主に対する好奇心は増すばかりであった。そして神について考えるようになり、フィリップス・ブルックスという神父から「神は愛なり」というキリスト教の教えを学んだ。しかしそれでもヘレンは神の愛と「物質世界」との関係がはっきりつかめずにいた。そんな時、ヘレンはジョン・ヒッツに出会うのである。十三歳の時であった。これから先のエピソードは『世界の伝記』からそのまま紹介する。
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 ヒッツはアメリカ駐在のスイス総領事として長年ワシントンにいた人で、後にはワシントンのヴォルタ局の局長になった。ヴォルタ局というのはべル博土が電話の発明で得たヴォルタ賞金で設立し、聾唖者についての資料を集めたり、配布したりする仕事をしている機関だった。
 ヒッツはヘレンを心から愛し、またサリバンの仕事が、へレンだけではなく、世界的な意義を持っていることを理解し、高く評価していた。ヒッツはしばしばボストンやケンブリッジへへレンたちを訪ねてきた。ヘレンもまた、タスカンビアヘ帰る時には必ずワシントンで下車して、ヒッツに会うのを楽しみにしていた。ヒッツはいつも長い手紙をくれた。彼はその手紙をヘレンが自分で読めるようにと、点字を習ってヘレンが読みたがっている本を、点字に打ってくれた。
 ヘレンはこの人から、スウェーデンボルグの『天国と地獄』という本を貰って読み、すっかりその思想に魅せられて、スウェーデンボルグの考え方をもっと研究したいと思い、ヒッツに頼んだ。ヒッツはヘレンの役に立ちそうなものを点字に打って、送ってくれた。
 ともあれヘレンは彼の宗教書にすっかり心酔してしまった。彼女は自分もまた霊的な体験を持ったと信じ、それをサリバンに語ったこともある。
 最初にスウェーデンボルグをヘレンに語ったヒッツは、ヘレンたちがレンサムに移ってからは、毎年の夏六週間をレンサムへ来ていっしょにすごした。朝露をふんで、かぐわしい匂いのする牧場ヘと、へレンをつれて何時間でも散歩した。ドイツ語をヘレンのてのひらにつづり、いつもスウェーデンボルグのことを語った。
 十四回目の誕生日にヒッツから贈られた金時計を、ヘレンはずっと肌身はなさずに持っていて胸にさげていた。この時計をヒッツははじめあるドイツ大使から贈られて、三十年以上も大切に持っていたのを、ヘレンに贈ったのだった。
 この時計は盲人用に作られたものではないのだが、時計の表面はガラスで、裏には一本の金針がついていた。この金針は分針と連絡していて、いっしょに動いたりとまったりする。また縁輪の周囲には金の点がついていて、それが時間を示すようになっていた。
 最初の持ち主であるドイツ大使は、宮廷を訪ねている時、あからさまに時計を見るのは無作法なので、そっと金点をさわってみて時間がわかるように作り直したものだった。ヒッツは白い長いひげをはやした老人で、八十歳を過ぎていたがへレンのこの上もないよい友人だった。この友とも別れの日が来た。ヘレンが母を訪ねてレンサムへ帰る道、いつものようにワシントンで下車した。
 ヒッツはへレンを出迎えに列車のところまで来て、「ヘレン、よく帰ってきましたね」ととても喜んでへレンを抱きしめ、どんなにヘレンの来るのが待ち遠しかったかを語った。そしてヘレンの手を引いて列車のそばから歩き出したとき、ヒッツは突然心臓麻痺におそわれ、ヘレンの手をとったまま亡くなってしまったのだった。
 ヒッツの死後もヘレンはいよいよスウェーデンボルグに傾倒し、彼の新教会主義を通じて聖書を熱心に読み、多くの尊い教訓をさがし出した。あまりなん辺となく読むので、ヘレンの聖書は点字が摩滅していた
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 ヒッツの死は衝撃的である。この出来事は『My Religion』にも書いてある。ヘレンの心に残った悲しみはどんなに大きかったことだろう。
 ところで、ヘレンのスウェーデンボルグへの関心について、サリバンの反応はどうであったのだろう。
 だが、サリバンも夫のメイシー氏もスウェーデンボルグは天才的な人物ではあるが後に気が狂ったのだと考えていたから、ヘレンが彼を褒めると、「あなたはこんなことが気ちがいのたわごとだということを、よく承知のはずでしょう」ときめつけ、ヘレンは迷わされているのだと言った。
 サリバン夫妻のスウェーデンボルグへ対する認識がこのようであったことも、ヘレン・ケラーの伝記類にスウェーデンボルグやヒッツが登場していない理由であろう。 
 しかしヘレンは、家族から孤立しようとも、スウェーデンボルグによって慰めを得て、信仰を深めていったのである。 
…………………………………………………………………………………………………………*この記事は『JSA会報』18号に掲載されたものを一部修正したものです。文責 山本康彦  

 

エブリマンズ ライブラリー版の『真のキリスト教』へのヘレン・ケラーの序文(1933)
鳥田恵・訳

 私は16歳の時からずっと、エマヌエル・スウェーデンボルグが世界に与えた教説を強く信じて来た。意見や議論に対してよりも、内なる声に傾聴するように人々に教えることが彼の使命であった。私は尊敬の念をもって聖書を長年学んだのち、私の闇を光に変えた信仰は、私が今まで気づいているよりもっと、スウェーデンボルグに負うところが多いのではないか、と感謝しつつ思うのである。
 私は次のような事柄についてエマヌエル・スウェーデンボルグに深く恩を受けていることを自認している。すなわち、聖書のより豊富な解釈と、キリスト教とは何か、のより深い理解と、この世における「神の臨在」の尊い意味とである。私はキリスト教の解釈に関しては、私の父の解釈よりも、スウェーデンボルグによる解釈を選ぶように導かれた時の気持ちを思い出そうと何度もしてみた。しかし私は満足できる解答を見いだせないでいる。それは実際私にとって、ジョゼフ・コンラッド1) が抗い難い衝動に駆られて船で海へ乗り出したのと同様の状態であった。彼同様、私は「いわば、私の交際仲間」と伝統「から永続的な跳躍をして」―そのあとは今の私を作っている。

 スウェーデンボルグの神学教説は数多い大冊になっている。その要点、普遍的神学は、この大作、『真のキリスト教』の中にあり、今や新しい何千人もの敬虔な読者にもたらされている。しかし彼の中心的教説は単純である。それは三つの主な概念から成り立っている。すなわち、神的愛としての神、神的知恵としての神、役立ちのための力としての神である。これらの概念は、人生のあらゆる湾と港を、意志・信仰・努力の新しい潜在力であふれさせる海から、波のように押し寄せてくる。長年の立証されていない信仰から私たちがそのまま受け取ってきた、私たちの神観念、聖言(みことば)、来世観に、スウェーデンボルグは新しい現実性を与えている。
 それは天使によって歌われた主のご誕生の知らせのように、驚くべき、感動的なことである。彼は、見えない目から覆いがはがされ、鈍い耳は研ぎすまされ、物言えぬ口は喜んで語るようになる、私たちの希望を支える新鮮な証言を与えてくれる。私たちの中に、信仰に関するすべてのことに対する悲惨な無関心があり、また生命の法則を霊的な言葉で説明するどんな努力に対しても忍耐できない気持ちがある。本当に盲目な人々だけが真理を知ることができない人々である―彼らは霊的なビジョンに対して目を閉じているのである。彼らにだけは暗黒は取り消すことができない。愛を明かりとして暗闇を探査し、道案内として信頼する人々は、それが良いものだとわかる。見る眼のある盲人達は、彼らには隠されている物質的世界よりも想像もつかないほどすばらしい霊的世界に彼らが住んでいることを知っている。彼らが見る風景は決して色あせることはない。彼らが見る花々は神の庭園に育つ枯れることのない花々である。スウェーデンボルグのメッセージはモーセに打たれた岩のように2)、甘い癒しの水の流れを生み出し、物質主義と利己主義との時代の人生行路で飢え渇く者たちにあふれんばかりの真理をまでももたらした。

 スウェーデンボルグによって唱道された教説は、人々をすばらしい道によって光り輝く神の都へ導いている。私は陽に照らされたその真理の道を歩み、知識の甘露を飲み、私の霊眼が開かれて、闇を克服し天界を経巡る視覚(ビジョン)の喜びを知るようになった。私は一つのことについて確信している。暗く自己中心的な時代に、制限され奮闘している人間に慰めをもたらすどんな努力も価値があるということを、である。そしてスウェーデンボルグのメッセージは、私にとって何と重要なものであることか!それは来るべき生活についての私の思考に彩りと現実性と一貫性とを与えてくれる。それは愛、真理、役立ちに関する私の考えを高めてくれる。それは制限を克服するための私の最強の激励である。スウェーデンボルグが創り出す雰囲気は私を完全に没頭させる。彼の最も軽い一言でも、私には意義深い。スウェーデンボルグの思想には、私のような気性の人々を絶妙に静め、なだめる力がある。

 私は自分自身の指で『天界と地獄』を読んだ時に、私が受けた霊的光を放射することができたらと思う。その時以来、私の人生の日々はすべて「教説を立証し」それが真理だとわかっている。もし人々がスウェーデンボルグの書物を、最初は少々の忍耐をもって読み始めさえするならば、彼らは間もなくその本を純粋な喜びのために読んでいることだろう。彼らは天界に入ることを非常に喜び、霊魂はどこにでもあることを彼らに示すに十分なものを見いだし、愛と神とは非常に強く連繋しているので、私たちは一方を理解せずに他方をよく知ることはできないということを、証明するに足るものを見いだすだろう。彼の『神の愛と知恵』は生命の泉であり、それが手許にあって私は常に幸福である。私はこの本の中に、ほとんど意味のない多言や、ほとんど価値のない活動にみちた外界のやかましい狂気からの、幸せな休息を見いだす。私はこの偉大な川に私の指を突っ込む。これはすべての星よりも高く、私を包む沈黙よりも深い光の川である。それのみが偉大であり、他のすべては小さく断片的である。スウェーデンボルグの著作に埋まっている激励的な思想と高貴な情感との半分でも、私が他の人々に説明することができさえしたら、私が他のどんな方法かでできるかも知れない場合よりももっと彼らに力を貸すことができるだろう。もし私がスウェーデンボルグを、霊的に盲聾である世界にもたらす手段となることができたら、私にとってどんなに大きな喜びであるだろう。

 成果はおのずから、忍耐強く彼の著作を読み通す人の精神上に刻印づけられる。それは私たちが住んでいる世界が私たちにとってそうであるのと同様、スウェーデンボルグにとって明瞭に客観的であった世界を彼が叙述しているものである。その世界が完全な秩序の体系を呈しており、そのどの部分もが他のどの部分にも適合しているということも事実である。同じ法則が霊的領域の構造にも、聖書の解釈にも、人間の精神にも当てはまることが示される。もし読者が啓示の存在を信じるならば、彼は聖書そのものの中にスウェーデンボルグの教説の説得力ある証拠を見いだすだろう。彼の哲学の三つの特徴は、その原理の完全性、同質性、普遍的な適合性である。葉が小枝から生え出るように、あるいは身体が精神に依存するように、この体系のどの部分も、それに関連したどの部分かに結びつけられる。彼の著作全体を通じてスウェーデンボルグは、すべての真の宗教は生命から出ており、宗教の生命は善をなすことだと教えている。彼はまた、聖言(みことば)―生命の法則(ロー・オブ・ライフ)―は字義的な意味と私たちの行為との中にその充足と、神聖さと、力とを持つ、と私たちに語っている。聖言の中のあらゆる譬え、あらゆる相応が、人類の健康、啓発、解放に必須であるあらゆる奉仕を私たちが忠実に遂行することを命じている。これは、私たちがこの世の実際的なことを聖霊でみたすために努力せねばならないことを意味する。もしも私たちがこれはできないと思うならば、私たちがみな生命をもち、しかももっと豊かにもてるように、十字架上で死に給うた主の弟子だと自分達自身を呼ぶことがどうしてできようか。

 神学者たちは、神の世界の飛ぶように過ぎ去る、変化してゆく局面から、人間の瞬間的な神の印象を永久的な形で把握しようと常に努力して来た。この教条主義のプロセスから、聖書の字義的意味における多くの矛盾と、神性や神の目的に対する誤解が起こった。スウェーデンボルグは、聖書の聖なる象徴的表現を解釈する天分をもっていた。それはヨセフが囚われの身となっていた地でファラオの夢3)の意味を明かした時のヨセフの天分と似ている。彼の時代の神学者たちは知識がないのに多くの言葉を用いて信徒への勧告を暗いものにした。彼らが神殿の幕の前で無力であったのに反して、スウェーデンボルグは鋭い洞察力でその幕を引き開け、栄光の極みにある至聖所4)を示した。神的人間性の美しい真理は、見わけのつかないほどにゆがめられ、切り離され、切り裂かれて、主ご自身も、その死んだような論法の中に見失われてしまった。スウェーデンボルグは、散らされ壊された部分を集め、それらに正常な形と意味とを与え、そのようにして「キリストにおける神との新しい交わり」を確立した。スウェーデンボルグは破壊者ではなく、神から霊感を受けた解説者であった。彼は神から遣わされた預言者であった。彼の著作を通じて、最初であり最後である彼の考えは、聖書の中で、正しく読まれ解釈されるならば、それが、可能な限りの最も真実で最も高貴な神観念であるということを示すことである。

 大抵の人間の精神はその中に「秘密の部屋」が仕組まれている。そこには神に関する諸問題が蓄えられており、その中心は神の観念である。もしその観念(つまり神とは何かという考え)が間違っていて残酷なものであれば、それに続くすべてのものは、論理的帰結によってその質を共にする。というのは最高のものはまた最奥のものでもあり、神観念はそこから出て来るあらゆる信念や思想や慣習の本質そのものだからである。この本質は霊魂のように、それが入るすべてのものをそれ自体のイメージへと形成する。そしてそれが日常生活の段階へ降りて来るにつれて、それは心の中の真相をとらえて、その残酷さと間違いとに感染させる。にせの卓越性をつくり上げる信念は信心深い感情と儀式とを奨励するが、それらは人類の善の目的のためにならず、正しい、有用な人生の代用物にされる。そのような信念はすべての道徳を暗黒なものにして、その道徳を至高存在が、実に追従で礼拝されるための道具とするが、実は善人や賢人にとっては最も不快なことである。見えざる神というとりとめのない考えは、とスウェーデンボルグは宣言する。「何ものをも決定しない。この理由でそれは終わり、滅びるのである。霊としての神の観念は、霊がエーテルや風として信じられた場合には、空虚な観念である。しかし人としての神の観念は正しい考えである。というのは神は神的愛と神的知恵とであり、これらに属するあらゆる特性を含め、これらの主体は人であってエーテルや風ではない。」神のみことばの光に導かれてスウェーデンボルグは、人と本質とにおける神の全一性、地上でとられた人間性における神としてのイエス・キリスト、善と幸福とを創り出す無限の力としての聖霊とを見た。

 エホバはその光を精神と自然との上に注ぐように、穏やかに押しつけがましくなく、地上の歴史の中で最も驚くべきわざ業をなさった。神の力の絶対確実なしるしの一つは、その完全な静けさと謙譲とである。主がご自身を、いわば「有限化」されて小さい子供になられたとき、羊飼いたちが天使の歌うのを聞いた丘の上の光と、はるか東方の星のほかには何の栄光もなかった。この世の壮大さや華麗さのしるしもなかった。大人の完璧な外形や身の丈さえもなかった。ただ飼い葉桶に横たわる小さな赤子であった。かれは外見上は普通のほかの子供と同様であり、彼の成長は精神的にも肉体的にも普通であった。私たちが主のご生涯の物語をたどっていくと、主が人々と共にある方であり、彼らと同様に日々の糧を得るために働き、彼らと共に湖畔や丘の小路を歩んだということがわかる。しかもなお彼はインマヌエル、われらと共にいま在す神であった。この真理はすべてのキリスト教の教説の中心であり、人がそれをはっきりと会得しない限り、聖書は合理的に理解され得ない。

 この真理の故に人は一人の神を喜びをもって礼拝することができる。そのような主の概念によって勢いづけられた喜びは、暖かさ、光、活動の三重の栄光をおびた太陽のようである。それは美しい人間における霊魂、精神、身体の喜ばしい均整を、あるいは種子が芽を出して花を咲かせ、その花が美味しい果実を生み出す完璧な働きを、人が見る満足のようなものである。そのような概念は、なんと健全で容易で、あらゆるものの性質に適応可能であることよ!しかしその種子が育って繁茂するためにスウェーデンボルグが種子を播くのには、なんと並はずれた努力を要したことであろう!スウェーデンボルグが古い思想と入れ替えるために提唱した神の統一性に関する新しい思想は非常に貴重である。なぜならそれは人に本当の神と不快な見せかけとを区別する洞察力を与えるからである。情熱にかられた人々によるみことばの間違った読み方と擬人法的な考えが、その不快な見せかけで主を覆った。『真のキリスト教』はいかにスウェーデンボルグがそれらの非キリスト教的概念を、より気品ある概念に高めようと努めたかを示している。

 彼が言うことを聞いてみよう。「神は全能である。なぜなら神は神ご自身からのすべての力を持っているが、他のすべてのものは神から来る力を持っているからである。神の力と神の意志とは一つであり、神は善いことのみを意志するので、善いこと以外はできない。霊界では誰も自分の意志に反することはできない。というのは、これを人々は力と意志とが一つである神から引き出して来るからである。神はまた善それ自体でもあり、それ故に神は善を行うとき、神はご自身の中におり、神の外に出ることはできない。このことから、神の全能は無限なる善の広がりのスフィアの中で進み、その中で働く、ということは明らかである。」5) また次のように言う。「今日、神の全能とは次のようなこの世の王の絶対的権力のようなものであるとする意見が広くゆきわたっている。すなわち、その王は自らの意のままになんでもすることができ、気に入るままに赦免し、有罪とし、犯罪人を無罪とし、不実な者を忠実なものであると宣言し、無価値でふさわしくない者を価値あるふさわしい者の上に揚げ、どんな口実によってでも彼の臣下から彼らの財産を奪い、死刑を宣告する、等々。神の全能に関するこの不合理な意見、信仰、教義がもとで、そこにある信仰の問題や分裂や派生の数ほど、虚偽、誤信、分裂、キマイラ6) が教会に侵入してきた。今後も、大きな湖からの水によって満たされる水差しの数や、あるいはアラビアの砂漠で穴から這い出して日光浴をする蛇たちの数のような、更に多くのものが侵入して来るかも知れない。全能と信仰の二語が発言されさえすれば、身体の感覚に訴えるのと同様に多くの憶測や作り話や取るに足りないことが人々の前に撒き散らされるのである。というのは、全能と信仰の二語から理性が追放されるからである。理性が追放されれば、人間の思考は彼らの頭上を飛ぶ鳥の思考に何の優るところがあろうか?」7)このような教えは人を山の頂上へ上げてくれる。そこでは大気には憎しみがなく、人は、神的存在の本性が愛と知恵と役立ちとであり、神はどんな時にも、誰に対しても態度を変えないということを覚知することができる。しかしスウェーデンボルグの全著作を通して、一人ひとりの人間を抱きしめ、彼がより深い罪に落ちることから救う永遠の愛のイメージが輝いている。

 宗教は私たちの、神や人間の仲間や私たちが責を負うものとの関係の体系的知識(science)として今まで定義づけられて来た。そして確かにキリスト教は、正しく理解されているならば、愛の体系的知識(science)である。主が人間に見える形で地上に住まわれた時、主は二つの戒め、すなわち神への愛と隣人への愛とに、「律法全体と預言者とが、かかっている」8)と宣言された。しかし2000年の間いわゆる信者たちは、これらの重要な三語に含まれた真理の領域やそれらの激励する力を感じることもなく、「神は愛なり」(God is Love)と繰り返している。スウェーデンボルグが18世紀という理づめで切り刻む冷酷な時代から立ちあがった時にはじめて、教説としての愛が、中心、生命、美、万物を守るものとして再び輝き出て来た。彼は人間の経験の全体を愛として、また愛の面から解明した。すなわち愛の諸層 ― 愛の活動、力、機能 ― 愛の建設的な、防止的な、あるいはまた勇気を起こさせるさまざまな命令である。その上、見者スウェーデンボルグは、次のようなことを発見した。すなわち、愛は神と同一であること、「主は天使と人間との霊に流入すること」、物質的宇宙は神の愛が生命の役立ちに適した形に形成されたものであること、そして神の言葉は、正しく理解されるならば、子供であるすべての人間への神の愛の充溢と驚異を啓示するものであること、である。このようにして遂に、淡い一筋の光が無窮を旅して、神の魂から、耳も聞こえず目も見えぬ人類の心に届いたのであり、見よ、主の再臨は達成された事実となった。

 スウェーデンボルグ自身の精神はゆっくりと、より高次の光へと拡張して行ったが、深い苦悩をも伴っていた。彼の時代の神学のあり方はほとんど論争に過ぎず、あまりにも長々しい細事にこだわったものであるので、それはまるで人がそこへ入ったら道に迷い易く、再び外へ出る道が決して見つからなくなる洞窟のように思われた。スウェーデンボルグは真理、霊魂、意志、状態・段階(state)、信仰などの重要なキーワードを定義し、彼が更に多くの霊的思考を普通の言語に翻訳できるよう、上記以外にも多くの用語に新しい意味を与えねばならなかった。愛に関して彼は特別な語彙を見つけねばならなかったが、実に、それはあたかも彼自身が別の言語を学んでいるように見えたと言ってもよかった。彼の心から、そして天界の心から、彼は『真のキリスト教』に書いた。「その喜びが本質的に善である愛は、肥沃な土や果樹や穀物畑に働きかける太陽の熱のようであり、それが働きかけるところは、いわば、楽園か、エホバの園、カナンの地のようになる。その真理の魅力は春の陽光のようであり、また、開花のときに芳香を放つ美しい花々が生けてある水晶の器に差し込む光のようである。」9) おそらく、このような肉体の監獄に対する霊魂の圧力に耐えた人は彼以外にいなかったであろうし、彼の重荷を軽くするような同等の知性を請け合う近似の人もいなかった。彼は学ぶために自分の生涯を献げ、そして彼の巨大な知識の宝で何と大きなことをしたことだろう!彼は自分の困難な時期により多くの光、より多くの機会がもたらされた時には当然、喜んだ。しかし彼の「照明」のあと、彼が地上で居心地よく感じることがあったのかどうかと私は疑問に思う。そのような直接的知識のみがものごとにリアリティを与える、というのはそれが生命から出てくるからであり、スウェーデンボルグの生きた証言は我々の魂の経験の暗い「奥地」に、ゆっくりではあるが常に増す光を投げかけ、我々の暗中模索の努力を不滅の目的の大胆さで補強してくれることだろう。

 スウェーデンボルグの書物は精神生活を営む者にとって汲めども尽きぬ満足の源泉である。私は彼の教説が入っている私の大きな点字の本に手を突っ込み、霊界の秘密でいっぱいになった手を引き抜くのである。

ヘレン・ケラー
ニューヨーク、ロングアイランド、フォレストヒルズにて
1933年1月
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1)Joseph Conrad( 1857―1924 )ポーランド生まれの海洋小説家。主著 Lord Jim( 1900 )。
2)出エジプト17:6
3)創世記41:1~36
4)神殿の最も奥の神聖な場所。ここでは比喩的に用いられている。幕によって「至聖所」と「聖所」とは仕切られている。
5)TCR56 (TCR:The True Chiristian Religion『真のキリスト教』)
6)chimera(ギリシア神話)ライオンの頭、やぎの胴、蛇の尾を持ち、口から火を吐く怪獣。怪物。幻想。
7)TCR57
8)マタイ22:40
9)TCR38

 

『真のキリスト教』へのヘレン・ケラーの序文 解説
                                高橋和夫(文化女子大学名誉教授)

 ヘレン・ケラー(Helen Adams Keller, 1880~1968)は今年、生誕130年を迎えます。彼女がスウェーデンボルグの説くキリスト教の信奉者であることはよく知られています。
 彼女は47歳の時にMy Religion(私の宗教)を出版し、スウェーデンボルグと、彼の説く新しいキリスト教を広く社会に公表しました。
 この著作の出版後の53歳の時、ヘレン・ケラーは再び自分の信仰を公言しています。それは1933年に「エブリマン叢書」に収められたスウェーデンボルグの最後の大作『真のキリスト教』(原文はラテン語、その英語版)の序文Introductionにおいてです。
 かなり長いもので、やや硬質な文章ですが、最近、鳥田恵氏によって全文が邦訳されましたので、ここに紹介します。
 盲聾唖の三重苦の障害をもったヘレンは、16歳の時にスウェーデンボルグの教説に出会い、その「信仰の父」であるジョン・ヒッツ師より贈られた点字の著作集で生涯にわたって新しいキリスト教(真のキリスト教)を学びました。聖書とともにスウェーデンボルグの著作も点字が磨滅してしまうくらい読んだと言われています。
 ヘレンはキリスト教世界も含めて現代の世界は「霊的に盲聾である世界」と呼びます。この暗闇の世界に灯(ひ)を点(つ)けるのが、ほかならぬスウェーデンボルグの教説です。彼女はこう書いています。「私はこの偉大な川に私の指を突っ込む。これはすべての星よりも高く、私を包む沈黙よりも深い川である。それのみが偉大であり、他のすべては小さく断片的である。スウェーデンボルグの著作に埋まっている激励的な思想と高貴な情感との半分でも、私が他の人々に説明することができさえしたら・・・。もし私がスウェーデンボルグを、霊的に盲聾である世界にもたらす手段となることができたら、私にとってどんな大きな喜びであるだろう」と。

 ちなみに「エブリマン叢書」(―これは1906年にイギリスで一般向けに創刊された有名な古典翻訳版シリーズ)に収められたスウェーデンボルグの宗教著作には『真のキリスト教』のほかに『天界と地獄』『神の摂理』『神の愛と知恵』があり、つごう4著作です。『神の愛と知恵』の序文はオリヴァー・ロッジ卿(Sir Oliver Lodge, 1851~1940)が書いています。周知のように彼は著名な物理学者です。心霊研究にも深い関心をもった彼は、「心霊研究会」(SPR)の第8代会長を務めています。

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