スウェーデンボルグ読書会

スウェーデンボルグ読書会について


大賀睦夫

 私は、2015年11月から2020年10月の期間、放送大学香川学習センターの非常勤講師を務めました。仕事内容はセンターの運営が中心ですが、月1回特別セミナーという授業を担当しました。担当して分かったことは、放送大学は生涯学習的傾向が強いことでした。定年退職者も多く、死生学の授業が人気でした。特別セミナー1年目は四国遍路を取り上げましたが、多くの受講希望者がありました。そこで、スウェーデンボルグも興味をもってもらえるのではないかと思い、2年目からは「スウェーデンボルグの著作を読む」というテーマを設定し、その年は『天界と地獄』、翌年は『結婚愛』、さらにアルカナ版『天界の秘義』第1巻、『天界の秘義』第2巻と読んできました。そこまでで放送大学との非常勤講師の契約が満了し退職ということになりました。ところが、セミナーに参加された学生さんから、『天界の秘義』を読んでいる途中なので、ここで終わりたくないという要望がありました。そこで「スウェーデンボルグ読書会」は学生さんの自主的なサークル活動、私は顧問という形式で続けることになり、現在に至っています。現在は『天界の秘義』第5巻を読んでいます。『天界と地獄』を読んだ年は10数名の参加者があり人気ゼミでしたが、年を経るごとに減少し、現在は5名です。少数ですが熱意のある方ばかりです。この方々のスウェーデンボルグの著作を読み続けたいという情熱にこちらが刺激を受けています。頭が下がります。毎回、参加者の方々と学生さんと質疑応答を含めいろんな話をしますが、これまで読書会についての感想を書いてもらうことはありませんでした。今回、スウェーデンボルグ読書会の感想を書いていただき、会報でJSAのみなさんに紹介してみようと思いました。以下は「読書会」に参加されている方々の感想文です。

スウェーデンボルグを学んで
船場たか子
私は放送大学の学生です。2回卒業して、今年で在籍11年目です。
 スウェーデンボルグとの出会いは、2度目の入学式のガイダンスでの大賀先生の説明からでした。『天界と地獄』というおどろおどろしい名の本を学ぶと案内され、好奇心からセミナーを受講しはじめて今日に至ります。
 スウェーデンボルグに惹かれたのはその学識の深さも一つの要因です。宇宙の理論から原子の世界、人体の構造等々、当時の最先端、いえ当時では知り得るはずがないと思われる知識まで会得しています。これほどの科学に精通した人が啓示する神や天界。天界の、時間も空間もないという不思議な世界。私たちには想像できない異次元の世界での出来事。ますます興味が沸き、セミナーを受講していくうちにすでに7年目になります。
 私は1度目の卒業まで、主に哲学の学習を中心に置きました。中でも傾倒したのがカント哲学です。カントは物が先にあるのではなく、認識する「人」が物を認める、という自ら「コペルニクス的転回」と呼ぶ説を唱えました。神という概念も、人間がたどり着けないけれども近づこうと努める「理念」の最先端にあるもの、人間の畏怖、畏怖の念の究極、つまり人間の理念が作り出すものであると論じました。スウェーデンボルグに出会うまで、私も「神」の概念をカント同様、人間の理念が作り出すものと捉えていました。
 スウェーデンボルグを学習するにつれ、私はカントとは逆のコペルニクス的転回?を迫られました。人間が神の概念を作るのではなく、その前に神ありき!なのだと。
 その確信を後押ししたのが、はやぶさが持ち帰ったリュウグウの岩石です。その中にはアミノ酸がたくさん含まれているとの結果が出ました。地球とよく似た惑星は宇宙に数多くあり、宇宙からもたらされたアミノ酸で、生命が誕生する可能性も大いにあります。DNAが、決められたプロセスを踏めば地球と同じような進化を遂げるでしょう。この時思いました。プラトンが「この世界そのものが神によってイデアの似姿として作られたものである」という言葉です。先に神による生命の設計図があり、地球の生物はそれに従って進化しているにすぎないのだ、と。
 今はスウェーデンボルグ読書会として、『天界の秘義』第五巻を学習しています。旧約聖書の言葉の奥に隠された形而上的な意味を読み解くというスウェーデンボルグの教えを学んでいます。その意味するところは難解なようでいながら、三○○年後の現在を生きる私たちの倫理観と違わない、普遍的で共感できる教えです。
 旧約聖書の、羊たちと一緒に暮らす古代の人々の生活を想像しつつ、そこにある真理、善、隣人愛など、真の意味を学習しながら、ちょっと現実離れした、魂が洗われる素敵な時間を過ごします。日々の暮らしの中で感じる不愉快、憤りが浄化されるようです。
 読書会からの帰り道、自転車を漕ぎながら、自分の日頃の行動を反省しつつ、また次の会まで行いを正して生きていこうと思いを新たにします。
 ある読書会の時、先生が、「みんなで天界で会いましょう」とおっしゃいました。その時、「あれ?船場さんがいないね?」と言われないように精進しなければ。


スウェーデンボルグとの出会い
福森誠一
 放送大学香川学習センターの特別セミナー、およびほうゆう会(学生団体)のサークル活動で、大賀睦夫先生の「スウエーデンボルグ読書会」に参加して、偉大な宗教家の存在を知り、その著作に触れることが出来た。
『天界と地獄』では、死後の世界について、スウェーデンボルグ自身の臨死体験によって知り得た天界・精霊会・地獄の様相、およびそれらの関係が書かれており、興味深く読んだ。
 『結婚愛』では、死後の世界(天界・精霊界・地獄)における精霊も、男女が存在し、恋愛・結婚・離婚・再婚・別居・純潔・不倫・嫉妬・私通等、現世における男女関係の観察にも適用できる記述があり、参考になった。
 『天界の秘義』は、旧約聖書創世記、出エジプト記を解説したものであるが、聖書の表象的記述に対し、語句・文字の内面的内容を掘り下げて解説し、聖書を深く理解することが出来た。
 
スウェーデンボルグとの出逢い
鈴木幸江 
私事で恐縮ですが、香川県へ移住して6年が経つ。退職後の夫とほとんど専業主婦という東京生まれ東京育ちの私たちの移住は、どこか移民とも共通するところのあったり、なかったりの新生活スタートであった。お陰様で人並みに四苦八苦を乗り越えて、子どもふたりを無事に育てられたことに互いに感謝しつつもそんな二人が直面したのは、仕事人間だった夫と、ほとんど主婦であった夫婦の関係の改革の必要性であった。それは結婚生活の意味を新たに探るという辛い暮らしでもあった。そんな中、学ぶ喜びを知る(放送大学生歴三七年)わたしの足はすぐに香川学習センターに向かった。そして大賀先生のセミナーの『結婚愛』(スウェーデンボルグ著)というテーマに目が止まった。飛びついた。そして今『天界の秘義』を夫と共に読む幸せな時を得ている。
スウェーデンボルグとの出逢いで、良くも悪くも競争社会の中、人に傷つきかつ人を傷つけてきた私が今日までにいかに救われたかを箇条書きにして報告したい。少しでも何かの役立ちになれば幸いである。
1 試練は、再生のための善と真理の流入を受けるために必要である。
2 次のステップへの再生のためには、流入可能なその状態を創造する過程を経なければならない。
3 結婚とは善と真理の互いの働き合いの結果、お互いに愛が生まれるという活動である。
4 臨死体験に匹敵するほどの試練の後に初めて、次のステップへの再生の状態を迎える。
5 人を区別してしまう自分を、観音様にはなれぬと責める心から自己肯定できる、人間の有限性への自覚へと導いてくれた。
最後に
AIの性能の進化と活用はこれからも止められない現象であろう。それだからこそ、AIと不可分の「システム」の増加が予想される。今でも「システム」に支配されてしまう人類に、心の本来性を考える場を与えてくれるスウェーデンボルグの著作はこれからも大切にしたいと思っている。

スウェーデンボルグ読書会に参加して考えたこと
神野義久
『天界の秘義』第三巻の途中から参加させていただきました。あまり読む機会のなかった旧約聖書でしたが、アブラハム、イサク、ヤコブの物語の「みことば」についてスウェーデンボルグの考え方を学びました。ですが、正直なところほとんど私の理解を超えていることばかりでした。そこで、以下には読書会から派生して考えたことを記して責を果たしたいと思います。
『天界の秘義』3002節 創世記第24章の導入文で「イエス」が救い主、救世主の意味であり、「キリスト」がメシア、注油された人、王を意味するとの説明を読んで、少し意外な気がして、ヘブライ語についての興味が涌き、入門書を何冊か読みました。その中で、ユダヤ教では「エホバ」は発音せず「アドナイ(わが主)」と発声することを知りました。
その後、カントの著書を紹介され『視霊者の夢』を読みましたが、霊魂については哲学の埒外として、判断留保していることを知り残念に思いました。
ユングがスウェーデンボルグの霊視について述べていることを読んで、心理学との関係にも関心が向かい、E・フロムを読みました。ユダヤ教では神の名前を呼ぶことや、神について語ることは偶像崇拝につながることとして禁じられたため、神学が発展しなかったと書かれていました。また、従来の心理学が切り捨ててきた霊魂を扱うため、精神分析は宗教と接点があるとも述べられていました。
般若経や中観派龍樹の空観即非の論理はこのユダヤ教と同様の偶像崇拝否定を思わせます。仏教における心理学は瑜伽行唯識派で扱われています。眼耳鼻舌身という前五識と第六意識の背後に第七末那識(自我)があり、さらに深層に第八阿頼耶識(蔵識)が考えられています。末那識の根源は阿頼耶識の遍計所執性であり、依他起性から転識得智によって、円成実性に至るという三性説です。これが大乗起信論の要点ですが、ヤコブが夢で見る天に開いた間隙から天使が出入りする消息との間に心理的類似性を感じました。霊視には瑜伽行などの瞑想や催眠のトランス状態が含まれているようにも思います。